(BJ)大旅行記2016年末(番外)

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(BJ)大旅行記2016年末(13/13)
1月1日(日)元旦
早朝1:40発の飛行機で、いよいよ帰国の途に
これから30時間
とにかく遠いぞ・・・ニッポン
10:40 ヒューストン空港発
1月2日(月)
15:50 成田空港着
パナマから30時間が経過したが、出発前に息子の提案で、エコノミークラスからビジネスクラスにグレードアップしたおかげで、機内でごろ寝ができてめちゃ楽だった♪
リムジンバスで羽田へ
19:45 羽田空港
21:05 地元空港着
22:00 自宅着
戻ってきた~~~。
戻って来れた~~~。w
命がけの10日間だった。w
思い起こせば、長くて短い時間だった。
息子が異国の地でがんばっていることに安心し、最終目的地(マチュピチュ遺跡)は逃したものの、
小規模な遺跡めぐりは楽しめた。
しかし、高山病のような醜態をさらし、迷惑と心配をかけてしまった。
がんサバイバーのくせに、よくぞ地球の裏側まで行ったものだ。
能天気にもほどがある。w
さぁ、明日は、一日ゆっくりして、明後日から会社・・・。
どっと、疲れが出なければいいが・・・。
ということで、本編は終了です。w
番外として、その後の様子を1本だけ書きます。
ついでの時にお読みください。v

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(BJ)大旅行記2016年末(11/13)
12月30日(金)
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(BJ)大旅行記2016年末(10/13)
12月29日(木)
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(BJ)大旅行記2016年末(9/13)
12月28日(水)
朝、今回の最終目的地『マチュピチュ遺跡』に鉄道(ペルーレイル)で移動予定だったが、
体調は絶不調!
このまま、異国の地で死ぬのか?
地球の裏側まで来て??
下痢は治まっていたが、とにかくしんどい。
息子から一言。
「マチュピチュ遺跡はあきらめよう。いつでも来れる。」
「いや、もう二度と来ない。こりた。最後にするから、なんとかしてマチュピチュ村まで行こう。」
ペルーレイルに乗り込む直前、ついに線路の上に嘔吐!
這う這うの体で乗り込み、トイレの横に陣取って座席にうずくまった。
嘔吐したことで身体は幾分か楽になったが、はた目には今にも死にそうな雰囲気だっただろう。
車窓を流れる景色を見ながら、「白血病に勝って、高山病に負けるのか?ありえない・・・。」
とつぶやいていた。
鉄道移動では特に何事もなく、ついにマチュピチュ村に到着!!
「どこかで横になりたい。」
との申し出に、
「駅前でホテルをとるから、そこで休憩しよう。」
息子の流暢なスペイン語のおかげで、幸運にも駅そばのホテルの一室を確保。
「ここで休んでいるから、マチュピチュ遺跡に行ってきな。」
ふたりは、後ろ髪をひかれる思いで、マチュピチュ遺跡に向けて出発した。
高山病か、食物不適合か、はたまた『食用ねずみのたたり』か・・・。w
目的地を目の前に、まさかの断念・・・!!
マチュピチュ遺跡は、マチュピチュ村からさらに350m下ったところにある。
標高2,400m(富士山6合目相当)
・・・行ってみたかったなぁ・・・
その日は、夕方、ペルーレイルでクスコまで戻って一泊。
記念に残ったのは、帰りの駅構内で買った一枚のCDのみ。
とほほ。
後日:
息子から写真のプレゼント。w
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(BJ)大旅行記2016年末(8/13)
12月27日(火)ホテルから見える遺跡に登り、
下りてきて、アルパカとネズミを食べ(怖)、
村の反対側の遺跡にのぼり、
そして、タクシーで農業試験場MORAI、塩田MARS、毛織物の店を巡った。
高度2,750mでうろうろしていると、すぐに呼吸が荒くなる。
でも、高山病にはならずにすんだようだ。

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(BJ)大旅行記2016年末(7/13)
12月26日(月) ※クスコの街並み
ここが、今回の最遠の第7番目空港です。
(つまり、折り返すと今回の10日間の旅行で14空港を利用することになる)
クスコ空港は、なんと標高3,399m
富士山8合目の高さです。
いきなり飛行機で富士山の8合目に到着すると、やはり高山病が怖い。
急いで、タクシーで2時間、650mほど下ります。
『オリャンタイタンボ』
富士山7合目、標高2,750m
下りたといっても、まだまだ高山病になっても不思議ではない高さ。
ここが、今日の宿泊地です。
ホテルでゆっくりと夕食。
大味なペルー料理と大きなグラスのピスコサワー。
※アルコール度数42度
なんか・・・、すごいとこに来たぞ。w

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(BJ)大旅行記2016年末(6/13)
12月25日(日)
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(BJ)大旅行記2016年末(5/13)
12月25日(日)
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